タゴール・幸福の歌
2008年05月06日
私のこの歌は ほんの一瞬にすぎず
心の近くまできて すぐ消えてしまうものなのでしょうか
私の心の言葉 眠れない苦悩は
ただ ためいきのように 漂ってゆくのでしょうか
この歌がいつもあなたを取り囲み
真実の道の上で あなたの名前を呼ぶように
人生の喜びや悲しみにつけ
あなたの顔をみつめ
永遠の祝福のように 近くにあるように
孤独なとき 友となって
いつもあなたの 心の希望をきくように
人生の荒野で あなたが泣いているのをみたら
悲しみの息を 分かち合うように
人生の誘惑が 蜜をまぶした毒の言葉で
弱い心を襲う時
この歌の調べが あなたの心を満たしておくように
神秘的な呪文のように
いつもあなたの耳元で 鳴っているように
わたしのこの歌が とても長い人生で
あなたの衣服となり 装身具となるように
世界の埃の網から遠ざけて
あなたをいつもきれいに
美しくしておきます
わたしのこの歌が 自由であるように
やさしい風になって 羽を広げ
甘い香りのように
あなたを盗んでつれてゆき
天国の境界が どこにあるかを見せにゆきます
この歌が あなたの北極星となり
暗闇の中で じっと輝いているように
あなたの顔の上で
愛に充ちて いつも目覚め
目を見開かせて 岸辺を見せてくれます
わたしのこの歌が
あなたの耳に入って
みんなのこころに 溶けてしまうように
温かい血のように
頭へ休む間もなく流れ
喜びで 気高い歌となり
踊りだす
この歌が 瞳になって
あなたの目のなかに生き
あなたのなかでよみがえるように
この歌が 絶え間なく
新しい命をさずけるように
この歌が 人生の中で 命となるように
もし わたしが いってしまったら
もし 死が呼んで 連れていったら
この歌に 私の愛に満ちた目を 託してゆきます
ああ すべての歌が終わりになっても
この歌の中に わたしは生きつづけますように
タゴール「幸福の歌」より 抜粋
シヴィリティー
2008年05月06日
礼儀(シヴィリティー) とは 立居振舞の美である。
その完璧な成就のためには、
忍耐 自制
ならびに 閑暇に富む環境が要求される
なぜなら、本物の礼儀というものは
絵画のごとく、音楽のごとく、一種の創造なのであるから。
それは声音、身振りと動作、言葉と行為の
調和のとれた混合であり、
そのなかに、日頃の行状の鷹揚さが
自然に表現されるものである。
それは人柄そのものをうかがわせるものなのであって、
裏の目的などはまったくない。
タゴール 「詩人の宗教」より抜粋
その完璧な成就のためには、
忍耐 自制
ならびに 閑暇に富む環境が要求される
なぜなら、本物の礼儀というものは
絵画のごとく、音楽のごとく、一種の創造なのであるから。
それは声音、身振りと動作、言葉と行為の
調和のとれた混合であり、
そのなかに、日頃の行状の鷹揚さが
自然に表現されるものである。
それは人柄そのものをうかがわせるものなのであって、
裏の目的などはまったくない。
タゴール 「詩人の宗教」より抜粋
野いちご狩り
2008年05月06日
家のうらのやぶに野いちごが鈴なりになっているのを発見
家族総出でイチゴ狩りがはじまった
ヘビでそうだったけど、
お父さんが勇敢にも藪をふみわけて
道を作ってくれた。
そのときの父のいままでになく頼もしい背中・・
母のこれまでになく真剣な横顔・・・
奇声をあげて喜ぶ姉・・・
林家パー子ばりに写真をとりたくる私・・
結果 3キロ近くの野いちごがとれた☆
「うーん これがゴールデンウィークで一番楽しかったね」
と言い合いながら ゆうごはんを食べた。
これで野いちごのムースをつくります☆イエイ!
家族総出でイチゴ狩りがはじまった
ヘビでそうだったけど、
お父さんが勇敢にも藪をふみわけて
道を作ってくれた。
そのときの父のいままでになく頼もしい背中・・
母のこれまでになく真剣な横顔・・・
奇声をあげて喜ぶ姉・・・
林家パー子ばりに写真をとりたくる私・・
結果 3キロ近くの野いちごがとれた☆
「うーん これがゴールデンウィークで一番楽しかったね」
と言い合いながら ゆうごはんを食べた。
これで野いちごのムースをつくります☆イエイ!
GW
2008年05月06日
きょうは25メートルプールでおよいだ。
みずに浮かんでいるとすごくきもちがいい。
底にうつってゆらゆらゆれいる模様がきれいで
うっとり ぽけーっとおよいでいた。
潜水したり 背泳ぎしたり・・・
ビート板使ってバタ足したり
息継ぎなしに挑んだり 前転したりバク転したり
ダイエット体操をしてみたりと。
うーん すいえい好き!
びしょびしょの頭で味噌天神におまいりしたあと
BOOK OFFでなんとなしに本上まなみの写真集を手に取った。
か、かわいい~!
マティスの画集とレオナルド・ダ・ヴィンチの画集が
それもめちゃいいのが100円だったので即買い
満足したところで
ん~ じゃあ、せっかくだから熊本城でもみにいくか~
とおもって ちらっとみてきました。
あの新しい建物。
かえり
スタバで、ラテとレモンケーキ
わたしはいつでもレモンケーキ。
レモンケーキおいしい~ べたべたすっけど。
ボルケーノもこのあいだおねーちゃんとたべたけど
すっごくおいしかった☆
スタバの店員さんはみんなてきぱきとしててだれてなくて
接客がすばらしいのでいくといい気分になる。
かえったら猫が玄関でまっていた。
にゃおん とすりすりしてきた。
しあわせないちにちだった。
みずに浮かんでいるとすごくきもちがいい。
底にうつってゆらゆらゆれいる模様がきれいで
うっとり ぽけーっとおよいでいた。
潜水したり 背泳ぎしたり・・・
ビート板使ってバタ足したり
息継ぎなしに挑んだり 前転したりバク転したり
ダイエット体操をしてみたりと。
うーん すいえい好き!
びしょびしょの頭で味噌天神におまいりしたあと
BOOK OFFでなんとなしに本上まなみの写真集を手に取った。
か、かわいい~!
マティスの画集とレオナルド・ダ・ヴィンチの画集が
それもめちゃいいのが100円だったので即買い
満足したところで
ん~ じゃあ、せっかくだから熊本城でもみにいくか~
とおもって ちらっとみてきました。
あの新しい建物。
かえり
スタバで、ラテとレモンケーキ
わたしはいつでもレモンケーキ。
レモンケーキおいしい~ べたべたすっけど。
ボルケーノもこのあいだおねーちゃんとたべたけど
すっごくおいしかった☆
スタバの店員さんはみんなてきぱきとしててだれてなくて
接客がすばらしいのでいくといい気分になる。
かえったら猫が玄関でまっていた。
にゃおん とすりすりしてきた。
しあわせないちにちだった。
現代詩について 2
2008年05月06日
自分は沼に、泥沼に住んでいる
というような詩が 現代詩。
宇宙に対する不信感と誹謗に満ちた態度は
急激な変化がもたらした精神異常である。
世界を嫌っている人が書いた詩が現代詩といっても良い。
過去の詩と違っている点は、
心に描いたバラ色の夢の世界に陶酔しよう
とする欲望がまったくないことだ。
そこで。
純粋なモダニズムは宇宙をじっと見つめることにある。
それは個人的自負に満ちた態度で
自然をみるのではなく、
非個人的に、ありのままにみることである。
この見方は晴れやかで、しかも純粋であり
一点のかげりもない幻想に見られる
本当の喜びである。
現代科学が冷静に現実を分析するのと同じく
詩もまた宇宙を全体として見つめるのであり
そこに永遠の現代があるのである。
しかしながら、
実際にこれを現代的というのはナンセンスである
自然で、しかも超然とした態度でものを見ることは、
なにも特定な時代に限られたものではない。
それはありのままの大地を見ることのできる
すべての人たちに共通の時代である。
中国の詩人である李白が詩を書いたのは
千年以上もむかしのことであるが、
それでいて彼は現代的である。
彼は大きく見開いた新鮮な目で
宇宙をじっと見ていたのである。
タゴール 「現代詩について」より 抜粋
というような詩が 現代詩。
宇宙に対する不信感と誹謗に満ちた態度は
急激な変化がもたらした精神異常である。
世界を嫌っている人が書いた詩が現代詩といっても良い。
過去の詩と違っている点は、
心に描いたバラ色の夢の世界に陶酔しよう
とする欲望がまったくないことだ。
そこで。
純粋なモダニズムは宇宙をじっと見つめることにある。
それは個人的自負に満ちた態度で
自然をみるのではなく、
非個人的に、ありのままにみることである。
この見方は晴れやかで、しかも純粋であり
一点のかげりもない幻想に見られる
本当の喜びである。
現代科学が冷静に現実を分析するのと同じく
詩もまた宇宙を全体として見つめるのであり
そこに永遠の現代があるのである。
しかしながら、
実際にこれを現代的というのはナンセンスである
自然で、しかも超然とした態度でものを見ることは、
なにも特定な時代に限られたものではない。
それはありのままの大地を見ることのできる
すべての人たちに共通の時代である。
中国の詩人である李白が詩を書いたのは
千年以上もむかしのことであるが、
それでいて彼は現代的である。
彼は大きく見開いた新鮮な目で
宇宙をじっと見ていたのである。
タゴール 「現代詩について」より 抜粋
現代詩について
2008年05月06日
現代詩は一種の精神異常にある。
それを認めるべきである。
これはひとつの幻覚であり、
そこには冷静で落ち着いた精神状態で
現実をごく自然にうけいれようとする真面目な努力が見られない
このような攻撃的態度や
気まぐれで破壊的な挑戦的精神が
現代の特徴である
と 多くの人たちは考えている。
わたしはそうは思っていない。
たとえ何千人の人たちが今日風邪をひいているとしても、
風邪が現代の自然な身体的症状であるとは考えられない。
ごく自然な、身体のあるべき姿は
風邪を超えたところに存在する。
現代詩は皮肉である。
ありのままの大地を見ることができないでいる。
詩人でさえも、火葬場の空気に汚染され
わたしたちが偉大であると考えているものを
「腐敗している」 と言い、
わたしたちが美しいと賛美しているものを、
その中には手を触れるのも汚らわしいものが含まれている
というほどに現代という時代は退廃しているのであろうか。
ヴィクトリア朝 中期の人たちは、現実を尊重し、
それに敬意を払った。
現代人は現実を軽蔑し、
品位の衣をすべて脱がせてしまうのが
現代である と考えている
自然でないものは 永遠ではない
科学においても、芸術の場合と同じように
超然とした心が最善の意志伝達手段である。
現代詩、すなわち科学時代の詩は
言葉の節約に取り組んだのであるが、
その過程でのもっとも大きな損失は、
何と言っても言葉の装飾であった。
韻やリズムや言葉の選択について、これまでのような
きめの細かい心遣いはほとんど必要なくなった。
しかしこのような変化は
決してスムーズに行われていたわけではなく、
過去の魅力を払拭するため
積極的な過去の否定が流行するようになった。
それはあたかも、庭の垣根を乗り越えて、
選択の意志が忍びこむといけないので、
割れたガラスの破片を垣根に並べ、
屋敷の美観をまったくなくしてしまったようなものであった。
自然に詩の中に導入されているのではなく、
誰かの批判、攻撃を恐れて
あたかも故意につまさきで歩いているようなもので、
それが現代的であるかもしれない。
モダニズムの考え方の合言葉は、
「美ではなく真理」
芸術の機能は心を魅了するのではなく
心に克つことである と言った。
いわゆる観察
美しいものもあれば醜いものもある。
あるものは有益であり、
またあるものは有害である。
しかしながらそのいづれをとってみても
創造の世界から抹殺するいかなる理由もないのである。
それは文学においても、
また美術においても同じである。
タゴール 「現代詩について」より 抜粋
この文章のつづきは 「現代詩について 2」で紹介します。
それを認めるべきである。
これはひとつの幻覚であり、
そこには冷静で落ち着いた精神状態で
現実をごく自然にうけいれようとする真面目な努力が見られない
このような攻撃的態度や
気まぐれで破壊的な挑戦的精神が
現代の特徴である
と 多くの人たちは考えている。
わたしはそうは思っていない。
たとえ何千人の人たちが今日風邪をひいているとしても、
風邪が現代の自然な身体的症状であるとは考えられない。
ごく自然な、身体のあるべき姿は
風邪を超えたところに存在する。
現代詩は皮肉である。
ありのままの大地を見ることができないでいる。
詩人でさえも、火葬場の空気に汚染され
わたしたちが偉大であると考えているものを
「腐敗している」 と言い、
わたしたちが美しいと賛美しているものを、
その中には手を触れるのも汚らわしいものが含まれている
というほどに現代という時代は退廃しているのであろうか。
ヴィクトリア朝 中期の人たちは、現実を尊重し、
それに敬意を払った。
現代人は現実を軽蔑し、
品位の衣をすべて脱がせてしまうのが
現代である と考えている
自然でないものは 永遠ではない
科学においても、芸術の場合と同じように
超然とした心が最善の意志伝達手段である。
現代詩、すなわち科学時代の詩は
言葉の節約に取り組んだのであるが、
その過程でのもっとも大きな損失は、
何と言っても言葉の装飾であった。
韻やリズムや言葉の選択について、これまでのような
きめの細かい心遣いはほとんど必要なくなった。
しかしこのような変化は
決してスムーズに行われていたわけではなく、
過去の魅力を払拭するため
積極的な過去の否定が流行するようになった。
それはあたかも、庭の垣根を乗り越えて、
選択の意志が忍びこむといけないので、
割れたガラスの破片を垣根に並べ、
屋敷の美観をまったくなくしてしまったようなものであった。
自然に詩の中に導入されているのではなく、
誰かの批判、攻撃を恐れて
あたかも故意につまさきで歩いているようなもので、
それが現代的であるかもしれない。
モダニズムの考え方の合言葉は、
「美ではなく真理」
芸術の機能は心を魅了するのではなく
心に克つことである と言った。
いわゆる観察
美しいものもあれば醜いものもある。
あるものは有益であり、
またあるものは有害である。
しかしながらそのいづれをとってみても
創造の世界から抹殺するいかなる理由もないのである。
それは文学においても、
また美術においても同じである。
タゴール 「現代詩について」より 抜粋
この文章のつづきは 「現代詩について 2」で紹介します。
現代について
2008年05月06日
現代人は自分の籠をつくるのに忙しく、
「物質」とよばれる怪物への依存度を高め、
その物質とゆう籠に周辺を囲まれて生活を営んでいる。
人間は常に死角に自分を置き、
その死角という範囲に自分を限定し、
死角の一部になってしまうのである。
文明人は正常の人間が営む生活軌道を遠く離れている
現代人が倦怠感や厭世に悩み、
周囲に対して理由なく反抗し、
それで苦しんでいるのをみかけるのは少なくない。
現代の非常に複雑な社会においては、
機械的支配力が効率的に組織され、
物質的生産がさきに立って人間本来の姿が失われ、
それを阻止する力が追いついていかない。
このような節度のない物質文明の発達は
茂りはびこる熱帯植物のように、
そのなかに人間を閉じこめてしまうのである。
鳥籠は複雑で 金がかかり、
しかも籠の外との関係がなく、
あまりにも耐え難い状況を作りだす。
タゴール 「社会論」より抜粋
「物質」とよばれる怪物への依存度を高め、
その物質とゆう籠に周辺を囲まれて生活を営んでいる。
人間は常に死角に自分を置き、
その死角という範囲に自分を限定し、
死角の一部になってしまうのである。
文明人は正常の人間が営む生活軌道を遠く離れている
現代人が倦怠感や厭世に悩み、
周囲に対して理由なく反抗し、
それで苦しんでいるのをみかけるのは少なくない。
現代の非常に複雑な社会においては、
機械的支配力が効率的に組織され、
物質的生産がさきに立って人間本来の姿が失われ、
それを阻止する力が追いついていかない。
このような節度のない物質文明の発達は
茂りはびこる熱帯植物のように、
そのなかに人間を閉じこめてしまうのである。
鳥籠は複雑で 金がかかり、
しかも籠の外との関係がなく、
あまりにも耐え難い状況を作りだす。
タゴール 「社会論」より抜粋