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教育の問題

2008年05月01日

西洋では、学校は子供の精神的発達のうえで
小さい役割しか果たしていない。

大きい役割を果たしているのは、
子供の育つ社会の生活そのものである。


西洋では、教育は実際生活から遊離しているどころか、
その不可分の一部となっている。


教育は社会のなかで生まれ、社会の中で育ち、
社会の中で生きて働いている。


そして人々が日常生活の中で話したり、
考えたり、行なったりすることにおのずとにじみでてくる


学校は、社会がその長い歴史の間に、
多くの人々がいろいろな活動をとおして獲得してきた文化を、
次の世代に伝えるひとつの手段にすぎない。


これに反し、わが国の学校は、
社会と完全に一体化しているどころか、
むしろ外側から社会におしつけられたものである。


学校の教える教科は退屈で無味乾燥であり、
憶えるのに骨が折れるばかりか、
やっと憶えたときには何の役にも立たない。


十時から四時までの間に生徒たちが詰めこみ勉強で憶えたことと、
彼らが実際暮らしている社会との間には、何一つ一致点はない。
むしろ多くの不一致点がある。


学校なるものは、ほとんどロボット製造工場の域をでないのである。


そうゆうわけだから、たとえわれわれが西洋の学校の外形を完璧なまでに模倣することに成功したとしても、その実体は何一つつかむには到らないだろうことは明らかである。

われわれは机だの長椅子だのを買い込み、
規則や教科過程などをつくって自ら重荷を背負いこんでいるが、
そういったものは、しょせん、どんなに正確な模倣であっても、西洋の学校の模倣に過ぎない。



今日という時代の要求を少しでも理解するなら、
われわれがこれから新しくつくる学校はすべて次の諸条件を満たすようにしなければならない。



まず第一に、その諸教科が、生き生きとしてかつ多種多様であること。


次に、知性ばかりでなく感情をも養うものであること。


さらに教科がばらばらに分裂し、
あるいは不調和であるために、
青年たちの精神が引き裂かれるようなことがないこと。


そしてまた、その教育が生徒たちにとって非現実的で、抽象的で、重荷で、学校にいるわずか数時間の間しか自分たちに関係がないものにならぬこと などである。




  タゴール 「教育の問題」より抜粋