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現代詩について

2008年05月06日

現代詩は一種の精神異常にある。
それを認めるべきである。


これはひとつの幻覚であり、
そこには冷静で落ち着いた精神状態で
現実をごく自然にうけいれようとする真面目な努力が見られない


このような攻撃的態度や
気まぐれで破壊的な挑戦的精神が
現代の特徴である


と 多くの人たちは考えている。
わたしはそうは思っていない。


たとえ何千人の人たちが今日風邪をひいているとしても、
風邪が現代の自然な身体的症状であるとは考えられない。



ごく自然な、身体のあるべき姿は
風邪を超えたところに存在する。


現代詩は皮肉である。
ありのままの大地を見ることができないでいる。


詩人でさえも、火葬場の空気に汚染され
わたしたちが偉大であると考えているものを

「腐敗している」 と言い、


わたしたちが美しいと賛美しているものを、
その中には手を触れるのも汚らわしいものが含まれている
というほどに現代という時代は退廃しているのであろうか。



ヴィクトリア朝 中期の人たちは、現実を尊重し、
それに敬意を払った。

現代人は現実を軽蔑し、
品位の衣をすべて脱がせてしまうのが
現代である と考えている



自然でないものは 永遠ではない




科学においても、芸術の場合と同じように
超然とした心が最善の意志伝達手段である。


現代詩、すなわち科学時代の詩は
言葉の節約に取り組んだのであるが、

その過程でのもっとも大きな損失は、
何と言っても言葉の装飾であった。


韻やリズムや言葉の選択について、これまでのような
きめの細かい心遣いはほとんど必要なくなった。


しかしこのような変化は
決してスムーズに行われていたわけではなく、 
過去の魅力を払拭するため
積極的な過去の否定が流行するようになった。


それはあたかも、庭の垣根を乗り越えて、
選択の意志が忍びこむといけないので、
割れたガラスの破片を垣根に並べ、
屋敷の美観をまったくなくしてしまったようなものであった。



自然に詩の中に導入されているのではなく、
誰かの批判、攻撃を恐れて
あたかも故意につまさきで歩いているようなもので、
それが現代的であるかもしれない。


モダニズムの考え方の合言葉は、
「美ではなく真理」

芸術の機能は心を魅了するのではなく
心に克つことである と言った。



いわゆる観察  
美しいものもあれば醜いものもある。

あるものは有益であり、
またあるものは有害である。

しかしながらそのいづれをとってみても
創造の世界から抹殺するいかなる理由もないのである。


それは文学においても、
また美術においても同じである。




タゴール 「現代詩について」より 抜粋  
この文章のつづきは 「現代詩について 2」で紹介します。