2008年06月16日
「態度の裏表」
態度の裏表こそ憎まるるべきである。
また、心ある人の嗤笑を買うべきである。
群集心理で、思わず浮かれるとき、その内心の軽薄、驕慢、卑劣、不真面目、あるいは芸術良心の欠如が本然的に暴露せられたとしたら、しかもその座談筆記が公にせられて、それを一人でつくづくと見る時がきたとしたら、真に自ら深く恥じないで済むものであろうか。
ああ、夜でも星は光っている。
またそうゆう人たちが、その時侮蔑の目をむけ愚弄した言葉をむけた先の人に、私信や、あるいは単独で会った時、果たして同様の態度で、対し得るだけの覚悟と信念と矜持と自己責任とを保ち得るであろうか。
善かれ悪しかれ、保ちえたらばえらいものである。
が、私はたびたびそうゆう種類の人の卑屈と追従、誹謗さえ受け取っている。
こうした裏表ある態度で、真に歌だけはいい歌を作り得るものであろうか。この疑念から、私はそうした人の作物は二度と目にしようとはおもわない。信じ得られぬからである。
また、どこで会っても単に目禮を交わすだけにとどめる。
笑うのも気の毒であるゆえ、横を向く。
北原白秋 「季節の窓」より抜粋
また、心ある人の嗤笑を買うべきである。
群集心理で、思わず浮かれるとき、その内心の軽薄、驕慢、卑劣、不真面目、あるいは芸術良心の欠如が本然的に暴露せられたとしたら、しかもその座談筆記が公にせられて、それを一人でつくづくと見る時がきたとしたら、真に自ら深く恥じないで済むものであろうか。
ああ、夜でも星は光っている。
またそうゆう人たちが、その時侮蔑の目をむけ愚弄した言葉をむけた先の人に、私信や、あるいは単独で会った時、果たして同様の態度で、対し得るだけの覚悟と信念と矜持と自己責任とを保ち得るであろうか。
善かれ悪しかれ、保ちえたらばえらいものである。
が、私はたびたびそうゆう種類の人の卑屈と追従、誹謗さえ受け取っている。
こうした裏表ある態度で、真に歌だけはいい歌を作り得るものであろうか。この疑念から、私はそうした人の作物は二度と目にしようとはおもわない。信じ得られぬからである。
また、どこで会っても単に目禮を交わすだけにとどめる。
笑うのも気の毒であるゆえ、横を向く。
北原白秋 「季節の窓」より抜粋
Posted by おはな at 13:44│Comments(0)