「童心」 北原白秋
2008年07月02日
万物は流転する。永劫に流転する。
諸行は無常のやうではあるが、無常であるがゆえに常に流れてやまぬ光明の波を織りつづけて行くのであります。
大自然界のもろもろの生命は一に寂静の中にいろいろに流転はするが、何ひとつ消えも滅びもしないのです。
しかしながら、現世において仮に人間と生まれ、雀と生まれ、その他もろもろの種々相を現じて生まれたものは、現世においてまた一たびは必ず死する。私の愛する日本の茶色の雀たちも時がきたれば息はとまり、その肉は腐れて、五蘊空に帰する。
哀しといはうか、不憫とも申しませうか。
雀は死にます。しかし雀はその醜い死の姿を誰一人にも見せません。それは不慮の災いで死ぬか、殺されるかで無いかぎり、雀の死は極めて自然です。
さうして清浄です。静寂です。
恭謙な、而して素朴で潔癖な雀は、かつてその巣のなかで死体をさらしません。眷族の前にも腐れてゆく自分の肉のにほひを恥ずるのです。
老衰して、または病み果てて、いよいよその寿命の尽きる日が近づいたと知ると、雀はただ独りその巣を棄て、その家内眷族同類を棄て、ただ独り、蒼空の円天井を次第に見棄てて行方知れずに飛んでゆきます。
落ちゆく先は日の目もささぬ山窪か、陰深い林か谷底の枯草原か。さういふ淋しい、誰の目にもつかぬところへ行って死んでしまいます。
落ち葉がそのうえにふりたまって来ます。
風がはらはらと吹いてきます。
落ち葉はまたひとしきり降ってきます。
さうしてその死んだ雀のうえで、落ち葉は落ち葉とかさなります。
さうした時折カサリと音を立てます。
雨が粛々と降ってきます。
落ち葉も粛々と音を立てます。
露がふり霜が置き、果ては野山に白い綿雪さえ降りそそいできます。
落ち葉は腐ります。雀は腐ります。
さうして雪がそのうえに白い柩衣をかけて了ひます。
何といふ清浄な神秘な死です。雀の死は。
かうして雀の現世の生活は了るのです。
私の「雀の生活」もここで了らせねばなりませぬ。
大正10年 北原白秋 「童心」
「雀の死」より抜粋
諸行は無常のやうではあるが、無常であるがゆえに常に流れてやまぬ光明の波を織りつづけて行くのであります。
大自然界のもろもろの生命は一に寂静の中にいろいろに流転はするが、何ひとつ消えも滅びもしないのです。
しかしながら、現世において仮に人間と生まれ、雀と生まれ、その他もろもろの種々相を現じて生まれたものは、現世においてまた一たびは必ず死する。私の愛する日本の茶色の雀たちも時がきたれば息はとまり、その肉は腐れて、五蘊空に帰する。
哀しといはうか、不憫とも申しませうか。
雀は死にます。しかし雀はその醜い死の姿を誰一人にも見せません。それは不慮の災いで死ぬか、殺されるかで無いかぎり、雀の死は極めて自然です。
さうして清浄です。静寂です。
恭謙な、而して素朴で潔癖な雀は、かつてその巣のなかで死体をさらしません。眷族の前にも腐れてゆく自分の肉のにほひを恥ずるのです。
老衰して、または病み果てて、いよいよその寿命の尽きる日が近づいたと知ると、雀はただ独りその巣を棄て、その家内眷族同類を棄て、ただ独り、蒼空の円天井を次第に見棄てて行方知れずに飛んでゆきます。
落ちゆく先は日の目もささぬ山窪か、陰深い林か谷底の枯草原か。さういふ淋しい、誰の目にもつかぬところへ行って死んでしまいます。
落ち葉がそのうえにふりたまって来ます。
風がはらはらと吹いてきます。
落ち葉はまたひとしきり降ってきます。
さうしてその死んだ雀のうえで、落ち葉は落ち葉とかさなります。
さうした時折カサリと音を立てます。
雨が粛々と降ってきます。
落ち葉も粛々と音を立てます。
露がふり霜が置き、果ては野山に白い綿雪さえ降りそそいできます。
落ち葉は腐ります。雀は腐ります。
さうして雪がそのうえに白い柩衣をかけて了ひます。
何といふ清浄な神秘な死です。雀の死は。
かうして雀の現世の生活は了るのです。
私の「雀の生活」もここで了らせねばなりませぬ。
大正10年 北原白秋 「童心」
「雀の死」より抜粋
Posted by おはな
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